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 心の窓メルマガ版 14 「自分を生んでくれた母に感謝する」  
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自分を生んでくれた母に感謝する

前号に引き続きまして、児童福祉施設の子供たちが書いた作文をご紹介します。

●寒う〜 どこから風が吹いてくるんや 戸がちゃんと閉まらんからな 壁のすきまからかな 隣の子が布団とるからかな やっぱ寒いな

●淋しい 淋しい 何か、いやや 冬休みになったら ホームや園の仲間がたくさん家に帰っていく 私には 帰るとこも 行くところもない 会いに来てくれる人もない 皆にバイバイした後 トイレの中で泣いてしまう 私はどうやって生まれてきたんやろ それを考えたら 涙ばっかり流れる

●ホームでケンカした 外に出たら真っ暗やった 先生心配して来てくれたけど ホームに帰りたくない だって 又ケンカしてしまう でも どこにもいくとこない ホームの先生と 話したい 「あのな」と何回も声だしたけど 忙しそうで話せんかった・・・ 1日でもええから 一人でおりたいな

●お酒ばっかり飲んでたおやじが死んだと ホームの先生から聞かされた 何でやろ、涙も出てこんかった 顔も出てけーへん だって このホームに来たん3歳くらいのときやったから あんまり何も覚えてない ただ おやじがあばれて 家がぐちゃぐちゃになって おかんと俺はたたかれたり蹴られたりした その後おかんは出て行って 帰らんかったことだけ覚えてる でも1週間くらいしてからテレビ見とったら 急に悲しくなって 涙がとまらんかっら 俺、一人ぼっちになったんや

●幼い頃は特に深く考えることもなく、園で楽しく過ごしていた。中学・高校の頃は、どうして自分は普通の家の子じゃなかったのか。限りなく低い確率の方へ選ばれたのか。
もし生まれてこなかったら、こんな事に悩む必要もなったのに、とひたすら自分の人生を呪っていた様な気がする。
大学入学と同時に、外で一人で生活を始めた。自由を得ると共に責任が伴う事を学び、楽ではないが、その分自立の意識は高まり、かなりの充足感が得られた気がする。
そして、「園で育ってよかった」と思えるようになった。
どんな境遇で生まれ育っても、自分以外の何ものでもなく、
“この世に生まれてこなければ良かった子なんか一人もいない“
と思えるようになった。
自分を生んでくれた母に感謝する。

わたしは、これらの作文を初めて読んだとき、涙が止まりませんでした。最後の作文の女の子は、施設にいる間ずっと、突然いなくなってしまった母を恨んでいたかも知れません。でも、ここを出て自分で生活を始めたとき、自分を捨てた母親を恨むのではなく、「この世に生まれてこなければ良かった子なんか一人もいないんだ。自分を生んでくれた母に感謝する」と思ったのです。そう、お母さんにもなにか事情があったのかもしれない。お母さんを許そう・・・。そう思ったのかもしれません。人はいろいろな境遇のなかで、何かを学び続けていくのでしょう。

前号の社長さんの話に戻ります。
この社長は戦時中に九州の旧家に生まれ、小さい頃にはお金に不自由なく育ったそうです。でも、5年生になったときにお父さんはある人の保証人になってしまって、財産がそっくりなくなってしまいました。家中の家具に差し押さえの赤紙が貼られ、突然貧乏の生活が始まりました。

N社長が中学校に行く頃にはますます生活は厳しくなり、学校にお弁当でさえ持って行けなかったそうです。お昼になり、皆がワイワイと弁当を広げ始めたとき、N社長(N少年としておきましょう)はたった一人、本を一冊もって教室を出て、運動場にゴロンと寝転んで、本を読んで勉強していました。それに見かねて、ときどき担任の先生がパンと牛乳をもって運動場まで差し入れにきてくれました。その時先生はこういいました。

「腹へって辛くないか? でもおまえ、あんまり辛そうな顔をしていないな。どうしてだ?」そしてN少年はこう答えます。
「先生、ボクは我慢できます。大丈夫です。でも弁当を持たせやれない母は、ボクよりも10倍も100倍も辛い思いをしているはずです。ボクが辛い顔をしたら、もっと母を苦しめることになる。いつもからっぽのお櫃をみて、今日もご飯がない、息子の弁当も作ってやれない、と、母が台所の隅っこで泣いている母の姿をよく見ています。そんな母にむかって、文句言えるわけないでしょう? ボクさえ我慢すればいいのです。ボクは腹が減って辛いのではない。毎日たった一人、教室を出て行くときの気持ちのほうが辛いんです」。こうして、こういう環境で育ったN少年は、心が弱者”の方を向くようになります。いままでは裕福だった自分の母親が弱者になってしまったのですから・・・。

また、N少年のお父さんも、N少年がまだ3〜4歳の頃からいつもひざに座らせて、耳元でささやいていたそうです。「Nよ。お前は死ぬぞ・・・。N家は短命だから40才で死ぬぞ。おまえの葬式に、Nさんありがとう、あなたのおかげでいい人生が送れました、と日本全国から何千人の行列ができるかどうか、1本の線香と一粒の涙、そしてNさんありがとう! こういってくれるかどうか、これがお前の生き様なんだぞ」。この言葉を子供のころから何千回聞かされたか分からない、とN社長は語っています。

ありがとうといわれる人生。人から喜ばれる人間になること。これが人間の生きる意味なのかもしれません。N社長はいつも言います。「人間は、自分がいつか死ぬということを忘れているから、平気で悪いことをしてしまうんだ。どうせ、みんな必ず死んでしまうのだから、ありがとうといわれる生き方をしたほうがいいんだよ。そうと気付けば、すぐに実践をしなさい。死んでもあの世には何も持っていけないが、ありがとう、という感謝の言葉だけは持っていけるんだ。そして魂を磨くために、人は生きているんだよ・・・」。

きっとN社長は日本を変えていくことでしょう。

ぴあの屋ドットコム 石山

ご感想をいただきました。

Oさん:
辛い事や悲しい事と出会い、悪の道に行く人もいれば、だからこそ、人に貢献して感謝される生き方に身を置く人もいます。
感謝される生き方と具体的な方法をN社長に学べる私は幸せですし、もっともっと多くの人に人生の素晴らしさをお伝えしたいです、まーちゃんいつもありがとうございます。(^O^)

Sさん:
本当に素晴らしい社長さんですね
魂を磨く、って本当は簡単なことだと思います。
電車で席をかわる、弟にお菓子をわける、
何かのために勉強する、ほんの少しでもエコを考える、前回あったように、商品を手前から買う・・・
こんな些細な繰り返しで少しずつ魂は光るのではないでしょうか。
どれだけ光った魂をあの世に持帰れるか、
が生きる課題だと思っています。
自分が幸せなら、周りにも幸せを与えられるはず。全ての人に生まれて幸せ、と思って欲しいですね。

Aさん:
幸せって、なるものではなく、感じるものだと思います。
幸せをずーっと追いかけている時、もっともっとと思っていたのに、ふと、立ち止まってみると、幸せを心から感じられるんですよね
足ることを知る、と、人間は、楽になれますね。



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