めちゃ笑いました。
皆さんもどうぞ。
☆ぴあの屋まーちゃん☆
海外で古くから伝えられているお話です。
ある先生が言いました。
「この20 ドル札がほしい人はいますか?」
生徒たちは一斉に手を上げます。
先生は小さく紙幣を折りたたんでから言います。
「これでも、ほしいですか?」
生徒たちは手を上げ続けます。
すると今度はお札をグシャグシャにしてしまいました。
「これでもう、ほしい人はいないでしょう?」
生徒はなおも手を上げつづけます。
ついに先生は紙幣を踏み潰し、教室のはじっこへと蹴り飛ばしてしまいました。
「これでも?」
生徒の反応は変わりません。
そこで先生が一言。
「あなた達は今日大切なことを学びました。」
「私がこのお金に何をしようと、みんなは変わらず欲しいと思いました。それは、このお札に20ドルの価値があるということを、あなた達が知っているからです。何が起きても、どんな見た目になろうとも。その事実は変わりません。
どんなにつらい目にあっても、どんなにひどい扱いをされても、関係ないのです。あなたの価値は変わりません。利用されたり、邪魔者扱いされたりしても、何があったとしてもです。 何があっても、あなたを愛している人にとって、あなたは価値ある存在であり続けるのです」
(引用:http://blog.livedoor.jp/futabagumi/archives/62036874.html)
先日東京で取材を受けた内容の記事が出ました。
「HANJYO HANJYUO」は中小企業向け電通系のウェブサイトだそうです。
http://hanjohanjo.jp/article/2016/09/07/6377.html
☆ぴあの屋まーちゃん☆
「マヨネーズの瓶とカップ2杯のコーヒー」
貴方が人生に行き詰まってどうしていいか分からないと思う時、一日が24時間では足りないと思う時、マヨネーズの瓶とカップ2杯のコーヒーのことを思い出して下さい。
ある大学教授が哲学科の教室で生徒達の前に立っていました。いくつかの品物を前に置いて。授業の初めに教授は無言で、大きな空っぽのマヨネーズの瓶を取り上げその中にゴルフボールを入れ始めました。
瓶が一杯になった時、教授は学生達に、この瓶は一杯だと思うかと尋ねました。学生たちは、そう思うと答えました。
次に教授は小石の入った箱を取り出して、小石を瓶に移し、瓶を軽くゆすりました。小石はゴルフボールとゴルフボールの隙間にはいりこみました。
そこでまた教授は学生達に、「瓶は一杯か?」とたずね、学生たちは、「そうです。」と答えました。
続いて教授は砂の入った箱を取り出し、砂を瓶の中に入れました。当然、砂は瓶の中の残っている隙間にはいりこみました。
教授はまた、「瓶は一杯か?」と尋ねました。学生たちは異口同音に、「はい。」と答えました。
さらに、教授はコーヒーの入ったカップを二つ持ち出して、マヨネーズの瓶にそれを注ぎ込みました。コーヒーは、砂の中に浸み込んで行きました。 学生たちは笑い出しました。
「さて、」笑いが収まるのを待って教授は話し始めました。
「この瓶を人生だと思ってごらん?ゴルフボールが表わしているのは、大切なものだ。 家族とか、子供たち、健康、 友達、夢中になれるもの――
もし仮に、他のものが全部なくなっても、これさえあれば良いと言えるものだ。小石はその外の比較的大事なもの、仕事とか、家、車などのようなものだ。
砂は、その他のいろんな物事―どうでもいいものだ。もし、最初に砂をこの瓶にいれてしまったら、小石やゴルフボールの入る余地は無くなってしまう。
人生も同じことだ。もし、どうでも良いような事に時間や労力をつぎ込めば大事な物事の入る場所はなくなってしまう。
だから・・・
君たちは、自分にとって掛替えのないものに注意をしなさい。子供たちと遊び、健康診断のために時間を作り奥さんを連れて食事に出かけなさい。家の掃除や、ゴミの始末は後で出来るさ。
先ず第一に、ゴルフボールをいれることつまり、本当に大事なものを先にするのさ。それさえちゃんとしておけば、後の物事は砂みたいに何所にでもはいるのさ。
一人の学生が手をあげて、コーヒーは何を表わしているのかと、尋ねました
教授は「良い質問だ」と、笑顔で答えました。どんなに忙しくても友達と一緒にコーヒーの一杯や二杯飲む時間ぐらい、その気になれば見つかると云う事さ。
(出展:http://snjpn.net/archives/8893)