心の窓 45.ありがとうと言われる生き方

ありがとうと言われる生き方

私の尊敬する社長さんのお話です。N社長とでもしておきましょう。

この会社は1999年の創業依頼、創業3年目から、

会社の売上の中から社会貢献として寄付しています。

また社員や、そこにかかわる代理店もその理念に賛同して、

世の中の弱者と言われる人々や団体に全員参加型の社会貢献をやっています。

創業6年目には、3億円にも達する寄付を行っています。

毎年、業績が上昇している会社で、それに応じて毎年寄付額が億単位で増えていっているのです。

会社というのは社会に役立つ存在でないといけないというのは当然だと思いますが、

それを実際に実践している会社と言うのは、なかなかありません。

N社長が、寄付先の児童養護施設で講演をすることになりました。

その養護施設は、0歳から18歳まで200名ほどの子供たちを育てている施設です。

そこでびっくりするような話を聞きました。

親からの虐待、性的暴行、そして母親が恋人と駆け落ちするために

自分の子供をこの施設の前に放置して、リュックに「この子を育てられなくなりました」という

手紙を残していなくなってしまう、など考えられない出来事が起こっているのです。

そんな子供たちがそこで暮らしている・・・。

なんと情けない時代になったのでしょう。

さて、N社長がその施設で講演をする際、園長先生がこう言ったそうです。

「子供たちは、一番愛情をそそいで欲しい親と別れて暮らしています。

心に傷を負っています。今までいろいろな方が講演にこられましたが、

ガヤガヤとまともに聞いていません。どうぞこらえてくださいね」

N社長は、いいですよと答え、そして講演が始まりました。

そして社長がある言葉を発したとたん、子供たちは一瞬シーンと静かになりました。

社長はこういったのです。

「君たちは幸せじゃないか!」

「自分は一番愛して欲しい親から捨てられたんだ、世界一不幸なんだ、と思っているだろう。

さきほど、園内を見て回ったけど、食堂ではおいしそうなハンバーグを焼いていたよ。

君たちの今日の夕食はハンバーグなんだね。

でも、世界中には1杯の牛乳を飲めずに死んでいく子供たちもたくさんいるんだよ。

今日は台風で大雨が降っているね。

世界中には、家も屋根もなく橋の下で住んでいる子供たちもいるんだよ。

君たちは親に代わって育ててくれているボランティアの職員さんがいるんだね。

世界には、一人で生きているこどもたちもたくさんいるんだよ。

君たちは、どうして「ありがとう」と言わないんだい?

“ご飯が食べられてありがとう”

“屋根があってありがとう”

“職員さんありがとう”

君たちが毎日毎日「ありがとう」と言っておおきくなれば、

大人になったとき、回りから「ありがとう」といわれる人間になるんだよ。

ありがとうといわれる立派な人間になって、

みんなで協力しあって、この施設を助けるんだよ。

建物がボロボロですきま風で冬は寒いだろう。

不景気で寄付が減って建て替えもできない、と文句を言う前に

ここの卒業生はたくさんいるんだろう?

企業の寄付ばかり当てにしないで、自分たちで何ができるのか、を考えなさい。

もちろんおじさんもこれからも協力していくけど、自分たちには何ができるのか、

よく考えるんだよ。」

こういって、講演が終りました。

子供はその大人が本物かどうかを見抜く力を持っています。

高学年の女の子たちは泣き出して、社長が帰るとき、

「おじさんまたきてね!」と雨の中を手を振って見送ったそうです。

そして、なんと子供たちは立ち上がりました。

自分たちでチャリティーコンサートを開いて、それを施設の建て替え費用の一部に

当てたのです。

私は、ケーナという笛をもって賛助出演もしましたが、

そのコンサートでは、子供たちの賛美歌や演劇がありました。

学校の学芸会などでは、ふつう子供の演技には照れなどがあったりしますが、

ここでの子供たちの表情は真剣そのもの。

“今を生きる”をいうことを実践しているんです。

つまり、今自分に与えられた役割を一生懸命にこなす、ということをしてるんです。

スポットライトがあたった子供たちの目はキラキラと輝いています。

そんな姿をみて、私は涙が止まりませんでした。

もう一つ気付いたことは、その観客席にビデオカメラは1台もなかったのです。

ふつう、親が自分の子供だけをアップにビデオを撮るはずです。

つまり、この子たちには、本当に親がいないんだ、ということを再確認させられたわけです。

そしてついに、この施設の建物の建て替え工事が始まりました。

わずかな金額であっても他力だけではなく自力でも役に立ったんだという

自信と誇りを子供たちは感じたことでしょう。

大人のたった一言が、子供の心を変えるのです。

この社長は立派な経営者でありながら、私は素晴らしい教育者ではないかと思っています。

ここで、その施設の子供たちが書いた作文をご紹介しましょう。

■寒う~

 どこから風が吹いてくるんや

 戸がちゃんと閉まらんからな

 壁のすきまからかな

 隣の子が布団とるからかな

 やっぱ寒いな

■淋しい 淋しい 何か、いやや

 冬休みになったら ホームや園の仲間がたくさん家に帰っていく

 私には 帰るとこも 行くところもない

 会いに来てくれる人もない

 皆にバイバイした後 トイレの中で泣いてしまう

 私はどうやって生まれてきたんやろ

 それを考えたら 涙ばっかり流れる

■ホームでケンカした

 外に出たら 真っ暗やった

 先生 心配して来てくれたけど

 ホームに帰りたくない

 だって 又ケンカしてしまう

 でも

 どこにもいくとこない

 ホームの先生と 話したい

 「あのな」と何回も声だしたけど

 忙しそうで・・・・・

 話せんかった・・・・・

 1日でもええから

 一人でおりたいな

■お酒ばっかり飲んでた

 おやじが死んだと

 ホームの先生から聞かされた

 何でやろ、涙も出てこんかった

 顔も出てけーへん

 だって このホームに来たん

 3歳くらいのときやったから

 あんまり何も覚えてない

 ただ、おやじがあばれて

 家がぐちゃぐちゃになって

 おかんと俺は、たたかれたり蹴られたりした

 その後おかんは出て行って

 帰らんかったことだk覚えてる

 でも1週間くらいしてから

 テレビ見とったら

 急に悲しくなって

 涙がとまらんかっら

 俺、一人ぼっちに

 なったんや

■幼い頃は特に深く考えることもなく、園で楽しく過ごしていた。

 中学・高校の頃は、どうして自分は普通の家の子じゃなかったのか。

 限りなく低い確率の方へ選ばれたのか。

 もし生まれてこなかったら、こんな事に悩む必要もなったのに、

 とひたすら自分の人生を呪っていた様な気がする。

 大学入学と同時に、外で一人で生活を始めた。

 自由を得ると共に責任が伴う事を学び、

 楽ではないが、その分自立の意識は高まり、

 かなりの充足感が得られた気がする。

 そして、園で育ってよかったと思えるようになった。

 どんな境遇で生まれ育っても、

 自分以外の何ものでもなく、

 この世に生まれてこなければ良かった子なんか一人もいない

 と思えるようになった。

 自分を生んでくれた母に感謝する。

子供の心はこのように成長していくんですね。

自分を捨てた母親を恨むのではなく、最後には“自分を生んでくれた母に感謝する”

という気持ちになっているのですからね。素晴らしいことです。

先ほどの社長さんの話に戻ります。

この社長は戦時中に九州の旧家に生まれ、小さい頃にはお金に不自由なく育ったそうです。

でも、5年生になったときに、人のいいお父さんはある人の保証人になってしまって、

財産がそっくりなくなってしまいました。

家中の家具に赤紙(差し押さえ)が貼られ、突然貧乏の生活が始まりました。

N社長が中学校に行く頃にはますます生活は厳しくなり、

学校にお弁当でさえ持って行けなかったそうです。

お昼になり、皆がワイワイと弁当を広げ始めたとき、

N社長(N少年としておきましょう)はたった一人、本を一冊もって教室を出て、

運動場にゴロンと寝転んで、本を読んで勉強していました。

ときどき、それに見かねて担任の先生がパンと牛乳をもって

運動場まで差し入れにきてくれました。

その時先生はこういいました。

「腹へって辛くないか? でもおまえ、あんまり辛そうな顔をしていないな。どうしてだ?」

そしてN少年はこう答えます。

「先生、ボクは我慢できます。大丈夫です。

でも弁当を持たせやれない母は、ボクよりも10倍も100倍も辛い思いをしているはずです。

ボクが辛い顔をしたら、もっと母を苦しめることになる。

いつもからっぽのお櫃をみて、今日もご飯がない、明日もご飯がない、

と、母が台所の隅っこで泣いている母の姿をよく見ています。

そんな母にむかって、文句言えるわけないでしょう?

ボクさえ我慢すればいいのです。ボクは腹が減って辛いのではない。

たった一人、教室を出て行くときの気持ちのほうが辛いんです」

こうして、こういう環境で育ったN少年は、心が"弱者”の方を向くようになります。

いままでは裕福だった自分の母親が弱者になってしまったのですから・・・

また、N少年のお父さんも、N少年がまだ3~4歳の頃から

いつもひざに座らせて、耳元でささやいていたそうです。

「Nよ。お前は死ぬぞ・・・。N家は短命だから40才で死ぬぞ。

おまえの葬式に、Nさんありがとう、あなたのおかげでいい人生が送れました、と

日本全国から集まった何千人の人たちの行列ができるかどうか、

1本の線香と一粒の涙、そしてNさんありがとう!

こういってくれるかどうか、これがお前の生き様なんだぞ。」

この言葉を子供のころから何千回聞かされた分からない、とN社長は語っています。

ありがとうといわれる人生。人から喜ばれる人間になること。

これが人間の生きる意味なのかもしれません。

N社長はいつも言います。

「人間は、自分がいつか死ぬということを忘れているから、悪いことを平気でしてしまうんだ。

どうせ、みんな必ず死んでしまうのだから、

ありがとうといわれる生き方をしたほうがいいんだよ。

そうと気付けば、すぐに実践をしなさい。

死んでもあの世には何も持っていけないが、

ありがとう、という感謝の言葉だけは持っていけるからね・・・。

そして魂を磨くために、人は生きているんだよ・・・」

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マーちゃん

マーちゃん の紹介

ぴあの屋ドットコム代表 ピアノを弾く時にはリチャード石山と言われています。
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