心の窓 46.スペシャルオリンピックス

スペシャルオリンピックス

世界にはオリンピックが3つあります。

一つは一般的なオリンピック。そして身体障害者のためのパラリンピック。

そして日本ではほとんど知られていなかった知的障害の方のスペシャルオリンピックス。

2005年2月に、アジアで初めて長野県でこのスペシャルオリンピックス世界大会が開かれました。

私も、京都でのトーチランのボランティアに参加させていただきましたが、

このなかでたくさんの気付きをいただきました。

このスペシャルオリンピックスの知名度がぜんぜんない時代から、

全身全霊を掛けて、この活動にかかわってこられた方がおられます。

名前は申し上げませんが元総理大臣の奥様です。

その方の講演を、長野世界大会の1年ほど前に聞き、私は大変感動いたしました。

その講演内容の一部をここにご紹介しましょう。

私がこの「スペシャルオリンピックス」の活動を始めたきっかけは、

今から13年前、地元熊本の新聞を読んでいましたら、

大きな記事で「ともこちゃん、スペシャルオリンピックス世界大会で銀メダル獲得!」

と記事が出ていました。私はパラリンピック以外に、

もう一つオリンピックがあることをそのとき初めて知りました。

ともこちゃんはわずか10歳、ダウン症で難聴。

ほとんど耳は聞こえない状態でありながら、

床運動の体操で銀メダルと獲得したことが分かりました。

私はびっくりしました。

そして、その体操指導したボランティアの先生の談話が載っていました。

「スペシャルオリンピックスという競技会は、ベストを尽くして途中であきらめず、

最後まで頑張り抜いた選手はみんな勝利者で、表彰台に上がれるんです」。

それに私は心を惹かれました。

そしてその方をお招きして講演会を行いましたが、

そのときにある牧師さんのお話が出てきました。

「どんなに医学が進歩しても、

人間が生まれ続ける限り、

人口の3%前後は障害のある子供が生まれる。

それはなぜかと言うと、

その子の周りの人たちに、優しさ、思いやり、を教えるための

神様からのプレゼントだから・・・」

という話を聞き、私は目からウロコの感動を覚えました。

それまで、障害者の方を見たら、気の毒に・・・、

不運にしてどうして障害をもって生まれてしまったのかな・・・、

などど、神様は不平等だ、片や元気ですくすくと五体満足に育つ子供もいれば、

ほんとに自力ではなんにもできない子供も必ず生まれてくる、

なんて神様はむごいことをなさるんだろう、と恨めしく思ったりしていました。

そういう弱者といわれる人たちに、私は同情心しかありませんでした。

ところが、その牧師さんのお話はまったく別の視点から

私に気付かせてくださいました。

そして、私が気付いたことは、

あぁ知らず知らずに私は、大変傲慢な人間になって、

そして傲慢な人間が作った物差しで、勝手に人様を判断していたということです。

実は、ともこちゃんは予選で一番成績が悪かったんです。

なぜならば、耳が聞こえないために、音楽が鳴っても踊りだせずに、

高い天井を見つめてボーっと立っていたんです。

その彼女を見て、観衆がみんな立ち上がって、声援を送り、

ようやくともこちゃんは気付いて踊り始めたんです。

それで、予選で落ちたと思っていたら、決勝に出られることが分かりました。

コーチが、どうして一番だめだったともこが出られるんだろう、と訊いてみたら、

「スペシャルオリンピックスでは、予選で落ちる選手は一人もいないんですよ。

予選はクラス分けといって、同じレベルの子で競技をする、そのための予選なんですよ」

といわれ、よーし、と頑張って銀メダルを取ることができたのです。

つまり、スペシャルオリンピックスが一番大切にするのは、

ナンバー1(世界記録を出す)というものではなく、

一人一人が自分の能力、可能性に向かって、勇気をもって挑戦し、

自分のベストを尽くした人、それこそ勝利者であり、価値観だということを知って、

私はまた感動してしまったのです。

最近はやっている歌「世界で一つだけの花」。素晴らしい歌詞ですよね。

ナンバー1になれなくてもいい、一人一人が、一生懸命自分らしく生き、

世界でたった一つの花を咲かせる、そのことに一生懸命なればいい、という歌詞です。

とっても素敵ですね。

私たちの活動は、そのように、選び抜かれたトップのアスリートたちを育てるのではなく、

全ての知的障害のある人たちにチャンスを与え、

その子が精一杯頑張り、それをみんなが認める、

そしてその子がどんどん成長していくのをみんなが喜ぶ、

という活動を私たちはしております。

私たちのスペシャルオリンピックスだけ最後に複数の「S」が付いています。

オリンピックやパラリンピックは「ク」で終わっています。

これは、世界大会をする団体だけじゃないからです。

年間通して継続的に、日常生活の中で毎週、地域のボランティアの方々を通じて、

今日の土曜日も今この時間に行われて、いつもいつも行われている、

だから「S」が付くんです。

この活動でどんどん成長していくんですが、実は、周りの人も変わってくるんです。

私もその一人です。

最初は知的障害者のことを、かわいそうと思い、

一方的に「なにかしてやろう」という、たいへん傲慢な気持ちを持っていました。

ところが彼らと楽しく一緒に触れ合っていくうちに、

「知的障害者はこっちのほうだ」ということが分かってきました。

彼らはほんとうに純粋な魂を持ち続けて、だれよりもやさしい。

そしていたわりの心が人一倍強い。

そうしますと、知的障害者という言葉を作ったこと自体が

まちがいであることに気付きました。

それは私たちの物差しで勝手に、知的障害者という言葉を作ったんです。

でも、別の物差し、例えば、やさしさ、思いやり、どっちが人間らしいか、

という物差しではかった場合、彼らのほうが、ずっと上等な人間なんです。

あるがままを受け入れる、やさしさ、誠実さ、私たちはとてもかなわない。

彼らと触れ合うことで、人間としてとっても大事なことを学んで、

私たちのほうが成長する、

魂を彼らに磨いてもらっていると思っています。

こんな素晴らしい活動だから日本中に広めて、

かかわった人がみんな、やさしく和やかになって、だれも認め合って支えあう、

そんな社会になったらどんな素敵だろう、そう思ってこの活動を続けています…。

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マーちゃん

マーちゃん の紹介

ぴあの屋ドットコム代表 ピアノを弾く時にはリチャード石山と言われています。
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