心の窓 「ぼくがいるよ」

「ぼくがいるよ」

お母さんが帰ってくる!
一ヶ月近く入院生活を送っていた
お母さんが戻ってくる。

お母さんが退院する日、
ぼくは友だちと遊ぶ約束もせず

寄り道もしないで
いちもくさんに帰宅した。

久しぶりに会うお母さんと
たくさん話がしたかった。

話したい事はたくさんあるんだ。
帰宅すると、
台所から香ばしいにおいがしてきた。

僕の大好きな
ホットケーキのはちみつがけだ。
台所にはお母さんが立っていた。

少しやせたようだけど、
思っていたよりも元気そうで
ぼくはとりあえず安心した。

「おかえり」 いつものお母さんの声が
その日だけは特別に聞こえた。

そして、はちみつがたっぷりかかった
ホットケーキがとてもおいしかった。

お母さんが入院する前と同じ日常が
ぼくの家庭にもどってきた。

お母さんの様子が
以前と違う事に気が付いたのは
それから数日経ってからのことだ。

みそ汁の味が急にこくなったり、
そうではなかったりしたので、

ぼくは何気なく

「なんだか最近、みそ汁の味がヘン。」
と言ってしまった。

すると、
お母さんはとても困った顔をした。

「実はね、手術をしてから
 味と匂いが全くないの。
 だから、料理の味付けが
 てきとうになっちゃって・・」

お母さんは深いため息をついた。

そう言われてみると最近のお母さんは
あまり食事をしなくなった。

作るおかずも特別な味付けが
必要のないものばかりだ。

しだいにお母さんの手作りの料理が
姿を消していった。
かわりに近くのスーパーのお惣菜が
食卓に並ぶようになった。

そんな状況を見て
ぼくは一つの提案を思いついた。
ぼくは料理ができないけれど
お母さんの味は覚えている。

だから、料理はお母さんがして
味付けはぼくがする。

共同で料理を作ることを思いついた。

「ぼくが味付けをするから、
 一緒に料理を作ろうよ。」

ぼくからの提案にお母さんは
少し驚いていたけど、
すぐに賛成してくれた。

「では、ぶりの照り焼きに
 挑戦してみようか」

お母さんが言った。
ぶりの照り焼きは家族の好物だ。

フライパンで
皮がパリッとするまでぶりを焼く。

その後、
レシピ通りに作ったタレを混ぜる。

そこまではお母さんの仕事。
タレを煮詰めて家族が好きな味に
仕上げるのがぼくの仕事。

だいぶ、照りが出てきたところで
タレの味を確かめる。

「いつもの味だ。」
ぼくがそう言うと久しぶりに
お母さんに笑顔が戻った。

その日から
お母さんとぼくの共同作業が始まった。
お父さんも時々加わった。

ぼくは朝、一時間早起きをして
一緒に食事を作るようになった。

お母さんは家族をあまり頼りにしないで
一人でなんでもやってしまう。

でもね、お母さん、ぼくがいるよ。

ぼくはお母さんが思っているよりも
ずっとしっかりしている。

だからぼくにもっと頼ってもいいよ。
ぼくがいるよ。

いつか、

お母さんの病気が治ることを祈りながら

心の中でそう繰り返した。

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お母さんは、抗がん剤の副作用の味覚障害なのかもしれません。
優しい男の子の行動に、涙が止まりません・・・

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マーちゃん

マーちゃん の紹介

ぴあの屋ドットコム代表 ピアノを弾く時にはリチャード石山と言われています。
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