心の窓」カテゴリーアーカイブ

心の窓 「エジソンの母の魔法の言葉」

「エジソンの母の魔法の言葉」

トーマス・エジソン7歳のとき、学校の先生から1通の手紙を預り母に渡しました。
母はその内容を読んで涙が止まりませんでした。トーマスは母に聞きました。

「ママはなんで、そんなに泣いてるの」

母は手紙の内容をトーマスに伝えました。
「凄いの~学校からの手紙は、あなたの子どもは天才すぎるので、この学校の先生では能力不足なので、どうぞ、他の学校に転校してくださいと書いてあるの」

それから、母はトーマスを学校にいかさずに、家で一所懸命勉強を教えました。そして、後にあの天才発明王トーマス・A・エジソンが誕生したのです。

母が亡くなったある日、トーマスは遺品を整理しているときに、偶然その学校からの手紙を発見したのです。
そこに書いてある内容は。

「あなたの子どもは精神的な変人の異常者であるため、この学校にはおけません。ぜひ、よい精神病院に入れてください」

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心の窓 「自分の命とひきかえに」

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「自分の生命とひきかえに」

 東井義雄(教育者)
『自分を育てるのは自分』より
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 表には出ない、無言の愛情。
 日本には、子どものために、その2度とない人生を
 必死で生きた無名の母たちがいる。
 その例として紹介するのはあまりにもつらい話です。
 しかし、母親のあり方の原点がここにあります。

 長崎に原子爆弾が落ちましたときの、
 荻野美智子ちゃん(10歳)の作文です。

 *****************************

 雲もなく、からりと晴れたその日であった。
 私たち兄弟は、家の二階で、
 ままごとをして遊んでいた。
 お母さんは畠へなすを捥ぎに行った。
 出かけに、11時になったら、
 ひちりんに火をおこしなさいよ、と言いつけて行った。
 けれども、私たちは遊びが面白いので、
 時計が11時になったのに、1人も腰を上げず、
 やっぱりままごとに夢中になっていた。

 その時、ピカリと稲妻が走った。
 あっと言うた時はもう家の下敷になって、
 身動き一つできなかった。

 何とかして出ようとすればするほど苦しくなる。
 じっと外の様子をうかがうより仕方がなかった。
 2人の姉の姿が外に見えた。
 大喜びで「助けて、助けて」とわめいた。
 姉たちは、すぐ走り寄って来て、私を助け出そうとした。
 しかし土壁の木舞いの組んだのが間をさえぎっていて、
 押しても引いてものけられなかった。
 大きい姉が、
 「我慢しろ。
  ねえ、もうじきお母ちゃんもお父ちゃんも
  帰ってくるけんね。
  姉ちゃんは誰か呼んでくるけんね。」
 
 励ましておいて、向こうへ走って行った。
 私は、縦横に組んだ木舞いの隙間から、
 わずかばかり見えてる外を、必死に見つめて、
 お母ちゃんが来るかお父ちゃんが来るかと待っていた。

 やがて、大きい姉ちゃんが、水兵さんを
 4、5人連れて走って来た。
 その人々の力で、私は助け出された。
 フラフラよろめき、防空壕の方へ行こうとした。
 
 家の下から、助けてえ助けてえと叫ぶ声が洩れてきた。
 弟の声であった。
 大きい姉ちゃんが一番先に気付いて、
 沢山の瓦を取りのけて、弟を引き出した。
 
 その時、また向こうのほうで、
 小さな子の泣き声が洩れてきた。
 それは二つになる妹が、家の下敷になっているのであった。
 急いで行ってみると、妹は大きな梁に足を挟まれて、
 泣き狂っている。

 4、5人の水兵さんが、みんな力を合せて、
 それを取りのけようとしたが、
 梁は4本つづきの大きなもので、びくともしない。
 挟まれている足が痛いので
 妹が両手をばたつかせて泣きもがいている。
 水兵さんたちは、もうこれはダメだと言い出した。
 よその人が水平さんたちの加勢を頼みに来たので、
 水兵さんたちは向こうへ走って行ってしまった。
 
 お母さんは、何をまごまごしてるんだろう、
 早く早く帰って下さい。
 妹の足がちぎれてしまうのに。
 
 私はすっかり困ってしまい、
 ただ背伸びして、あたりを見まわしているばっかりだった。

 その時、向こうから矢のように走って来る人が目についた。
 頭の髪の毛が乱れている。
 女の人だ。
 裸らしい。
 むらさきの体。
 大きな声を掛けて、
 私たちに呼びかけた。

 ああ、それがお母さんでした。

「お母ちゃん!」
 
 私たちも大声で呼んだ。
 あちこちで火の手があがり始めた。
 隣りのおじさんがどこからか現われて、
 妹の足を挟んでいる梁を取りのけようと、
 うんうん力んでみたけど、
 梁はやっぱり動かない。
 おじさんはがっかりしたように大きい溜息をついて
「あきらめんばしかたのなか。」

 いかにも申し訳なさそうに言って、
 おじぎをしてから向こうへ行ってしまった。
 
 火がすぐ近くで燃えあがった。
 お母さんの顔が真青に変わった。
 お母さんは小さい妹を見下している。
 妹の小さい目が下から見上げている。
 お母さんは、ずっと目を動かして、
 梁の重なり方をみまわした。
 やがて、わずかな隙間に身を入れ、
 1ヶ所を右肩にあて、
 下くちびるをうんとかみしめると、
「ウウウ……」
 と全身に力を込めた。

 パリパリと音がして、梁が浮きあがった。
 妹の足がはずれた。
 大きい姉さんが妹をすぐ引き出した。
 お母さんも飛びあがって来た。
 そして、妹を胸にかたく抱き締めた。
 
 しばらくしてから思い出したように私たちは、
 大声をあげて泣き始めた。

 お母さんはその声を聞くと、
 気がぬけたのか、そのままそこへ、
 へなへなと腰をおろしてしまった。

 お母さんは、なすをもいでいる時、
 爆弾にやられたのだ。

 上着ももんぺも焼き切れちぎれ飛び、
 ほとんど裸になっていた。
 髪の毛はパーマネントウエーブをかけすぎたように
 赤く縮れていた。

 体中の皮は大火傷で、ジュルジュルになっていた。
 さっき梁を担いで押し上げた右肩のところだけ
 皮がペロリと剥げて、肉が現われ、
 赤い血がしきりににじみ出ていた。

 お母さんはぐったりとなって倒れた。
 お母さんは苦しみ始め、
 悶え悶えてその晩死にました。

*****************************

 これは、特別力持ちのお母さんだったでしょうか。

 4人も5人もの水兵さんが、力を合せても、
 びくともしないものを動かす、
 力持ちのお母さんだったでしょうか。

 皆さんのお母さんも
 皆さんがこのようになったらこうせずにおれない。
 しかもこの力が出てくださるのが
 お母さんという方なんです。

 そして、女子の皆さんは、
 やがてこういうお母さんに
 なってくれなけりゃあならんのです。
 
 女になることはいいかげんなことじゃないんです。
 どうか仏様が願って下さってるような、
 女の子になってください。

 
 男というのは何が男であるのか。
 どうか男であることを粗末にしないように、
 男の人生というのを切り開いてみせて下さい。

「自分の生命とひきかえに……」
 東井義雄/『自分を育てるのは自分』より

(シェア自由と記載されたネット投稿より)

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心の窓 「億万長者になった花屋の話」

「億万長者になった花屋の話」

若い花屋が思いついた。
飲み屋街のクラブのママさんにこう持ちかけたのだ。

「毎日無料でカウンターフラワーを
 お届けしますが、いかがですか?」

はじめは訝っていたママ達も、
花屋の戦略を聞いて納得。

結果、短期間に
100軒の飲み屋さんと契約を結ぶ。

100軒の契約実績を持って、
今度はタクシー会社の社長に。

「毎晩のように100軒の飲み屋さんから、
 酔客をご紹介いただけますよ」

タクシー会社社長は大喜び。

「その代わり、飲み屋さんに
 飾る花の代金をお願いします。」

毎晩、確実にお客様を確保できるなら、
花代は安い。

タクシー会社との契約は成立した。

もちろん、100軒の飲み屋さんには、

「タクシーのご用命は、
 必ずこのタクシー会社にお願いします。」

と言ってある。

結果、100軒のクラブに
花を収めることになった若者は、

その後も、そのユニークな発想を
駆使して成功者となった。

タクシー会社のメリットは、
日々100軒の依頼が舞い込む可能性があること。

クラブのメリットは、
美しい花が無料で届くこと。

そして若者は、
関わる人から感謝と報酬をもらう。

結局、花代は誰が支払っていることになるか?

そう、酔客。

しかし彼らもまた、
迅速なタクシーを手配してくれる
ママに感謝しているはずだから、

それは、みんなが幸せになるセットアップだった。

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心の窓 「朝がくると」

「朝がくると」 詩人:まど みちお

朝がくると とび起きて
ぼくが作ったものでもない
水道で 顔をあらうと

ぼくが作ったものでもない
洋服を きて

ぼくが作ったものでもない
ごはんを むしゃむしゃたべる

それから ぼくが作ったものでもない
本やノートを

ぼくが作ったものでもない
ランドセルに つめて
せなかに しょって

さて ぼくが作ったものでもない
靴を はくと
たったか たったか でかけていく

ぼくが作ったものでもない
道路を

ぼくが作ったものでもない
学校へと

ああ なんのために

いまに おとなになったら
ぼくだって ぼくだって
なにかを 作ることが
できるように なるために

***************************************

これは今から35年以上前に発表された詩です。

人はなんのために生きているの?
という答えがここにあるような気がします。

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心の窓 「発表会サプライズ」

神戸の人気ピアノ教室「折田音楽教室」のブログより

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プログラムの挨拶文の所を毎年頭をひねって考えます。

今年は、ある女の子が高校3年生で、受験の為にこの発表会で最後にすると言いました。小さい頃から来てくれた子です。その子にフューチャーした文章にしました。

これを夫に見せた時に「ほんとの事か?これは・・・」と言いました。

嘘なんて書くわけないじゃない。だけど、一人にフューチャーしたらあかんかな。というと、いや、こんな話が聞きたいなと夫が言ったので、今年はこれで。

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ある女の子がうちに来てくれたのは、確か小学校1年生の時だったと思います。

その時、お父さんは小さな娘に夢を描きました。

いつか、お父さんの好きなあの曲を弾いてくれるかな・・・。

それは始めたばかりの子にはとても難しく、雲の上のような曲でした。

それから彼女は日々上達しましたが、ある日お父さんは、あろうことかその曲を「お父さんのお葬式に弾いて欲しい」と言ってしまったのです。

お父さんも人間です。辛い時、苦しい時は彼女が大きくなってその曲を弾いてくれるまで自分は元気でいられるのだろうかと、不安に思われただけと思いますが、

彼女はそれをきっかけに、絶対にあの曲は弾かないと言うようになりました。

お父さんのことが大好きだから、お葬式で弾くなんていうことは考えたくなかったからです。

最初にお父さんが夢に描いたその曲は、いつしかお父さんへのプレゼントの曲ではなく、悲しい曲になってしまいました。

お父さんは後悔しました。つい口から出てしまったあの一言で、永遠に彼女の指から奏でられる事が無くなったのだと・・・。

それから数年たち、彼女も大人になりました。

発表会の選曲をする時に、「先生、今年が最後になると思うから、発表会でお父さんの為にあの曲を弾いてあげようかなと思うんだ・・・お葬式より先に弾けばいい事でしょ」と言いました。

長い年月を経て、ついにお父さんの夢の曲を、彼女は最後の発表会に弾く決心をしたのです。

今年の発表会は、お父さんの長年の夢が叶うステージになります。

私は、彼女がこの曲を最初に練習して来たレッスンの日に、彼女の演奏を聴いて、お父さんよりいち早く涙があふれだしてきました。

これまでの出来事が走馬灯のように心の中を駆け抜けたのです。

このように、大きくなった子供達には長い年月の間、それぞれ沢山のドラマがあります。

そして私達も一緒に成長を楽しませていただいています。

ピアノを習うという事は、山あり谷ありの長い旅です。

子供達は、長い人生の何分の1かはわからないけれど、教室の中で私達と人生を共にします。

小さかった手が大きくなり、ドレミしか弾けなかった手から、色彩豊かで、10本の指を駆使した難曲が弾けるようになる頃には、いろんなドラマが待っています。

今年のテーマは『成長』です。

子供達はみんな、少しずつでも確実に成長します。ぜひ、子供達と一緒に夢を見てください。

「あの曲が弾けるようになって欲しいな。」

という大好きな人からの言葉が、上手になる為の大切なエッセンスなのかもしれません。

どうか、1人1人のピアニストが、数か月の間積み重ねた努力の結晶に、大きな拍手をいただけましたら幸いです。

本日はお忙しい中お越しいただき、誠にありがとうございました。

20015年6月27日 折田音楽教室  折田信枝

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以上。

これを彼女に見せてプログラムに載せてもいいか聞いて、OKをもらいましたが、

お父さんには当日まで見せたくないな・・・サプライズにしようかなという話になった所に、私のプログラムミス事件が起こり(笑)

土曜日の生徒さんには、間違ったものをペンで直したものをとりあえずお渡しして、本物は当日封筒に入れて、受付に置いておくことにしたので、

彼女のお父さんにも申し訳ないけど、当日みていただく事にしたんです。

私と彼女と組んだサプライズ。

彼女の曲はショパンの「別れの曲」

実は彼女が小学校4年生くらいの時にお母さんが難病にかかってしまいました。

家族にとってそれはものすごい苦しみとの戦いが始まりました。

お父さんは日に日に痩せていき、彼女から笑顔が消えた時もありましたが、

お父さんはいつも前向きで子供の前では弱みを見せることなく、いつお見かけしても笑顔で過ごして来られました。

家の事は全てお父さんです。彼女が中学の時も高校の時も

家の手伝いを強要する事もなく、あくまで学生らしく生活出来たのはお父さんのお蔭です。

だからこそ、彼女はその分自分が出来る事を一生懸命がんばりました。勉強も、クラブもピアノもがんばり、自分で率先して家事をするようになり、家事が好きだと言うようになりました。

お正月だって、彼女が結婚しても恥ずかしくないようにとお父さんがお節料理を作られました。そんな暮らしがずっと続いています。

高校はこの辺りでは一番難しいと言われる所に行っています。なんでも頑張れる子に育っていく様子をずっと見守る事が出来たのはほんとに幸せな事でした。

お父さんには言えない事も私には言ってくるような、そんな彼女とのレッスンでした。

そして彼女が書いたコメントがこれ。

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実は、別れの曲は、発表会の曲を相談するたびにお父さんに弾いてと言われてきた曲です。

幼いころは別れという言葉を嫌い避けてきましたが、最後となる10回目の発表会にしてやっと、この曲を弾く決意ができました。
小さかったあの頃に比べ身も心も大きく成長し、弾けなかった曲も弾けるようになりました。

12年も通っていると嫌なこともありましたが、折田先生と出会えたからこそ今まで続けてこれて、私は本当に幸せ者です。
12年間積み重ねてきたもので、私なりの別れの曲を、ありがとうと成長の証としてお父さんにプレゼントできますように…

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プロだから泣かないわよと言っておられた司会者さんも

長く来ていただいてるDVD業者さんも、ボロボロだったそうです。

発表会で辞めようと思うんだけど、先生どう思う?と聞いて来たので

勉強が一番だからね。そうしなさい。あとは、もう勉強の合間にストレス解消で弾いたらいいじゃない。

私が居なくてももう立派に生きていく力も心も身に付けました。

だけど、お父さんとしては続けて行かせたいそうです。一か月に一度くらい行ったら?ということで、単発のレッスンに来てくれるそうです。

もう少し彼女の成長が見れるかな・・・・

こちらのブログの転載許可をいただき、掲載させていただきました。
http://orita-music.com/archives/2073

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