心の窓」カテゴリーアーカイブ

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心の窓 「あなたと歩んだ日々」

【 あなたと歩んだ日々 】

今日、旦那の両親から離婚届を渡されました。
「貴女には幸せになって欲しいから。」って。

私の旦那さん、若年性アルツハイマーという病気で、
施設に入ってるんです。

勿論、私は離婚する気はないので、
丁重にお断りしました。

私の幸せは、旦那の隣で生きていく事。
離婚なんて有り得ない。

記憶がなくなってしまい、
ただでさえ孤独な旦那を、
離婚してさらに独りにしちゃうなんて、
私には出来ない。

もう、旦那の記憶には私も、私との思い出もない。

でも、思い出話をしてあげると、
何も言わずに、
凄い穏やかな顔で微笑んで聞いてくれる。

話し終わると
「素晴らしいお話をありがとう。」
って言ってくる。

その素晴らしい思い出を作ってくれたのは
紛れもなく、あなたなんですよ。

次は私の番です。

あなたの記憶は日々消えていき、
残りませんが、

1日1日あなたと過ごす時間を、
あなたに素晴らしいと思ってもえるようにするから。

記憶がなくても、あなたはあなた。

ずっと愛してますよ。
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フェイスブック投稿より

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心の窓 「2回目のプロポーズ」

【2回目のプロポーズ】

僕のおじいちゃんは、
某有名大学出身でとても頭も賢く、
運動神経も抜群で、
小さい頃はよく勉強やスポーツなど、
色々とおじいちゃんに教えてもらっていた。

そんなおじいちゃんが大好きで尊敬していたし、
誇りでもあった。

しかし、
今はおじいちゃんに勉強を教えてもらっていない。

正確に言えば、
教えてもらう事ができなくなってしまった。

僕が高校2年生の頃、
おじいちゃんは痴呆症になってしまったのだ。

今では、僕の事も、
実の娘の僕の母親も分からなくなってしまって、
いつも僕たちに、
「初めまして」とあいさつをしてくる。

唯一、奥さんである僕のおばあちゃんの事は
分かっているみたいだったけど、
ここ最近になって、
おばあちゃんの事も分からなくなってしまった。

しかし、
おばあちゃんは毎日笑顔で、
懸命におじいちゃんの世話をしていた。

今年の年初め、
家族みんなで集まって家でごはんを食べようとなり、
久々に家族全員で集まることになった。

家族の誰一人分からなくなってしまって、
とても緊張をしているおじいちゃんに、
おばあちゃんが笑顔で家族のみんなを紹介していった。

すると、
いきなり、おじいちゃんは真剣な顔をして、
おばあちゃんに向かって話し出した。

「あなたは、本当に素晴らしいお方だ。
いつも素敵な笑顔で、僕に笑いかけてくる・・・
あなたが笑ってくれたら、
僕はとても 幸せな気持ちになれます。
もし、独り身なら、
ぼ、僕と結婚してくれませんか?」

家族全員の前でのプロポーズだった。

2回目のプロポーズに、涙をぽろぽろこぼしながら、
おばあちゃんは笑顔で、

「はい」

と答えた。

(フェイスブック投稿より)

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心の窓 「ジミー大西の切ない初恋のお話し」

【ジミー大西の切ない初恋のお話】

今、僕は三十二歳です。彼女はいません。でも、その三十二年間に恋はしました。
初恋も。
小学校三年の時でした。
小学校の二年生まで、僕は友達にも父母にも、まったく口をきかない少年でした。
話が、できない少年でした。そんな僕が、話をできる相手が一人だけいました。

その女の子がしゃべりかけてくると、その時だけは、しゃべれるのです。その子が、
初恋の人でした。

僕はその女の子としか、しゃべれなかったのです。ほかの子がしゃべりかけてきても、まったくしゃべれなかったのです。
僕はその子としか、遊ぶことができませんでした。その子はみんなと仲よく遊んだり、しゃべったりしていたけれど。
僕はいつも、ひとりぼっちでした。みんなの輪の中には、入れなかったのです。
輪の中に入ろうとも思いませんでした。

でも、みんなで、花いちもんめをする時だけは別でした。その初恋の子が、僕の手をひっぱって、輪の中に入れてくれたからです。
終わりはいつもいっしょでした。僕一人だけ残って、

「花いちもんめ、まきさんがほしい」
と、その子の名を言う。

「花いちもんめ、大西君はいらない」
それで終わりでした。

でも、まきさんは、
「花いちもんめ、大西君がほしい」
と、僕の国語のノートに書いてくれていたのです。

僕はそれからずーっと、まきさんのことが好きで好きでたまらなくなり、遠足の時でも、まきさんのそばから離れなくなりました。ほかの子からは、
「大西君、女の子どうしでごはん食べているから、むこうに行って食べて」
と言われても、ぜったいにまきさんのそばから離れませんでした。

それから、朝の朝礼の時でも、本当は背の低い僕は前から二番目に立っていなくてはいけないのですが、真ん中のほうへ行って、まきさんのよこに立っていました。みんなから、

「大西、いつからそんなに背が高くなってん」

と、背中とかつねられても、その場所から離れませんでした。

先生にも怒られましたが、次の朝礼の時には、また、まきさんのよこに立っていました。
僕は本当に、まきさんのことが好きだったのです。
そして、長い夏休みに入りました。

その夏休み、僕は何回か、まきさんの家をたずねました。でも、いつもみんな出かけていて、誰もいませんでした。たまにおばちゃんが出てきて、

「いなかに帰っているの」

と言ってくれるだけで、まきさんとは、夏休み中、会えなかったのです。
いよいよ夏休みも終わり新学期が始まる日、僕は母の化粧水を服につけて学校へ行きました。まきさんと会える、と思ったからです。

でも、まきさんは学校に来ていませんでした。
僕は、「明日は会える」「明日は会える」と思って、母の化粧水を服につけて、学校へ行きました。
でも、まきさんは来ませんでした。

夏休みは終わったのに、まきさんは学校には来ませんでした。

そして九月十六日の朝のことでした。先生が、
「実は悲しいお知らせがあります。昨日、まきさんは病気のため、お亡くなりになりました。みんな、目を閉じて」
と言うのです。僕は、何の意味かわかりませんでした。

先生に聞いたら、先生は、
「まきさんは死んでしまったのです」
と言うのです。僕は生まれてから、この時まで、知っている人が死ぬことがなかったので、人が死んでも、また会えるとばかり思ってました。

みんなでお葬式に行くことになって、教室に集まっていると、まきさんが教室の外の廊下のところに立って、僕を見て笑っているのです。僕が、

「まきさん。まきさん」

とさけぶと、みんなから、
「きもちわるー」
と言われました。
おそらく、幽霊を見たのは、あの時が最初で最後だと思います。

それから、みんなと葬式に行きました。それまで、葬式と言えばタダでお菓子をもらえるところだとばっかり思っていました。

でも、まきさんの葬式では、お菓子をもらってもうれしくなかったし、食べようと思ってものどに通らない。

--まだ、会えるような気がしてたまらなかったのです。

そして次の日、学校に行くと、まきさんのつくえの上に花がかざってありました。
僕はみんなが帰ってから、一人だけのこって、まきさんのつくえにすわり、まきさんが国語のノートに、

「花いちもんめ、大西君がほしい」

と、書いていてくれたことを思い出してました。

そして次の日から、だれよりも早く教室に行って、花の水をかえて、一度家に帰って、それからみんなといっしょに登校することを始めました。

僕はその日から、そのことがバレるのがこわくて、みんなにむりしてでもしゃべりかけるようになりました。

それで、人としゃべれるようになったのです。

毎日、毎日、花の水をかえていました。

花がかれかかったら、自転単に乗ってしぎ山の下まで行って、雑草の色のきれいなのを三本ほど抜いて、かびんに入れてやりました。クラスのみんなは、
「花がかってにふえている」
とか言うので、もしバレたらどうしようと思っていました。

そうしたら、先生が、
「みんなが帰ったあと、先生が花をいけているのです」
と言ってくれたのでホッとしました。

そしてクリスマスイブの日、先生に職員室によばれて、
「大西君がまきさんの花をいけていることは、だいぶん前からわかっていたのよ」
と言われたんです。

僕は、はずかしくてたまりませんでした。先生は、
「この二学期で、つくえの上に花をかざるのはやめて、席替えをしようと思っているの。いい? 大西君」
と言いました。僕は、首を、たてにふりました。

二学期最後の席替えをしたら、前にまきさんが使っていたつくえに、偶然、僕がすわることになりました。

つくえの中を見ると、奥のほうにハンカチが残っていました。

おそらく、まきさんのハンカチだと思います。僕はそのハンカチを、小学校を卒業する時まで、ずーっと持ってました。

これが、僕の初恋でした。

(フェイスブック投稿より転載)

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心の窓 「いじめられているきみに」

9月1日は、18歳以下の自殺人数が最も多い日。早まる前に、西原理恵子さんのこの名文をお読みください。

「いじめられているきみに」

うそをついてください。

まず仮病(けびょう)を使おう。そして学校に行かない勇気を持とう。親に「頭が痛い」とでも言って欠席すればいい。うそは、あなたを守る大事な魔法(まほう)。人を傷つけたり盗んだりするのでなければ、うそって大事よ。これからも、上手(じょうず)にうそついて生きていけばいいんだよ。

亡くなった夫は、戦場(せんじょう)カメラマンでした。戦場で銃(じゅう)を突きつけられたことが何度もあったけど、一番怖(こわ)かったのは、少年兵だって。

大人は残酷(ざんこく)な兵士にもなるけど、家に帰ったらやさしいお父さんにもなる。愛することや大事なものを知ってるから。でも、少年兵は物事の重大さが分からず、簡単(かんたん)に人を殺しちゃうんだって。生前(せいぜん)にそう言っていました。子どもってそういう生き物。「子どもなのになぜ?」って思うかもしれないけど、戦場の理屈(りくつ)だと、そうなんだって。

いくら紛争地帯(ふんそうちたい)でも、年間3万人も死ぬことはそんなにありません。でも、日本ではそれくらいの人々が自殺しています。そう、この国は形を変えた戦場なんです。戦場では子どもも人を殺します。しかも、時には大人より残酷になる。

学校は、いじめられてつらい思いをしてまで行くようなところじゃない。長い夏休みだと思って、欠席してください。そして、16歳まで生き延びてください。

高校生になれば、通信制(つうしんせい)高校やフリースクール、いわゆる大検(だいけん)など選択肢(せんたくし)が広がります。何よりもアルバイトができる。お金をもらいながら、社会人にふさわしい訓練(くんれん)を受けられます。お金を稼(かせ)ぐということは自由を手に入れるということ。その先に「ああ、生きててよかった」と思える社会が必ず待っています。

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心の窓 「エジソンの母の魔法の言葉」

「エジソンの母の魔法の言葉」

トーマス・エジソン7歳のとき、学校の先生から1通の手紙を預り母に渡しました。
母はその内容を読んで涙が止まりませんでした。トーマスは母に聞きました。

「ママはなんで、そんなに泣いてるの」

母は手紙の内容をトーマスに伝えました。
「凄いの~学校からの手紙は、あなたの子どもは天才すぎるので、この学校の先生では能力不足なので、どうぞ、他の学校に転校してくださいと書いてあるの」

それから、母はトーマスを学校にいかさずに、家で一所懸命勉強を教えました。そして、後にあの天才発明王トーマス・A・エジソンが誕生したのです。

母が亡くなったある日、トーマスは遺品を整理しているときに、偶然その学校からの手紙を発見したのです。
そこに書いてある内容は。

「あなたの子どもは精神的な変人の異常者であるため、この学校にはおけません。ぜひ、よい精神病院に入れてください」

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