心の窓」カテゴリーアーカイブ

心の窓メルマガ版 28 「ゴースト」 

ゴースト

みなさん、突然ですがオバケはいると思いますか?

私は見たことがないので分かりませんが、昔から日本だけではなく世界中で幽霊の話がたくさんありますので、統計的にもいると思ったほうがいいように思います。この世には、見えないけど存在していることってたくさんありますからね。

さて、今回は話題のドラマのお話しです。アメリカの連続ドラマ「ゴースト~天国からのささやき」というのが今、レンタルビデオなどで大人気で、私も試しに第1巻から見てみました。

もう最初から涙がボロボロ。幽霊の出る怖いドラマかとおもったら全然そんなことなくって、とっても人間的な幽霊ばかりです。まずドラマの設定が、実際に幽霊と話しのできる能力のあった人物の、実話に基づいたものらしいのです。

主役のメリンダは子供の頃、祖母に「あなたには、死者と会話ができる特別な力があるのよ」と言われ、実際、彼女には普通の人に見えない霊が見えてしまうことを知ります。

そして、霊も彼女と目が合うものですから、自分のことが見えるんだと分かって、メリンダに助けを求めるようになります。

メリンダの前に現れる霊は、それぞれの願いがあり、それを叶える為に必死に訴えかけてきます。

このように、死者(ゴースト)からの生前愛する人たちに伝え切れなかったメッセージを伝え、さまよえる魂を安らかに天国へと導く感動のドラマです。

特に私が泣いたのは、子供の霊が出てくる話です。

ある小さな男の子が線路の横で座っています。メリンダが「どうしたの?」と聞いたら、「お母さんが、迷子になった時には、必ずその場所で待ってなさい、といったからずっと待っているの。でもこないの・・・」。

そう、この男の子は踏切事故で死んでしまったのですが、自分が死んだことが分かっていません。その現場で、ずっとお母さんを待っているのです。

この子に死んだことを分からせて、本当に行くべき世界へ送るためにメリンダは走り回るのですが、霊が見えて話ができるなんて誰も信じません。その子の親にもお金目当てに来た、と思われてしまうのです。

でも、子供しか知りえない話をするものですからだんだんと信じはじめます。しかしお父さんは子供を亡くした悲しみから、その原因になった人をピストルで殺しにいくのです。

ずっとそばについて、「お父さん、悪いことしないで!」と亡くなった子供は呼びかけるのですが、聞こえるわけはありません。

結末はここでは書きませんが、これらのドラマを見ていて思うことは、この世に思いを残してしまうと、行くべき世界へ行けないということ、仏教でいうと成仏できないということでしょうか。

人はいつか必ず死にますが、やはりやりたいことは全部やって、毎日を後悔のない生き方をしていくことが大切で、この世に思いを強く残してしまうと大変なんだ、ということがよく分かりました。

他にも火事で孤児院が焼けて、亡くなった子供たちが、死を受け入れずずっとその屋敷で暮らしている話も、感動で画面が見えないほどでした。

老人ホームでインタビューをした人がいます。
「あなたの人生を振り返ってどうでしたか?」。

この質問に、もっとこんなこともやりたかった、あんなこともやりたかった、とほとんどの人が答えるそうです。やってみて失敗したことを後悔するよりも、やりたいことをやらなかったことに後悔する人がとても多いそうです。

失敗してもいいから後悔のないようにやってみる、そしてやろうと思っていることは今すぐやっておく、ありがとうといっておきたい人には今すぐ言っておく、ということですね。

そしてたくさんの人から喜ばれる生き方をしたいですね。

アルプスの少女ハイジはみなさんご存知だと思いますが、クララがハイジの山に来て、ペーターの、目の見えないおばあさんに聖書を読んであげたとき、おばあさんが涙をこぼして喜んでくれたのをみて、今まで人の世話になってばかりいた自分が、人のためになることができた、歩けない自分だって人に喜ばれることをすることができるんだ、と気づいたとき、クララは生きている本当の喜びを感じたのです。

生きる喜び、ありがとうをいっぱいに浴びて人生を豊かに生き抜いていきたいと思います。

ぴあの屋ドットコム 石山


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心の窓メルマガ版 27 「おかあさん」 

おかあさん

「生まれたとき、どんなだったか覚えている?」「パチパチした」。2歳を迎えるころ、言葉を口にし始めた長男に話しかけた。「目をパチパチしていたの?」と聞き返すと「違う」という。パチパチって何のこと。助産婦Aさんは気になっていた。

昨年10月の3回目の結婚記念日の夜。夫のワインを飲みながら、長男のお産のビデオを眺めていた。「はーい、いらっしゃーい」。助産婦の声に迎えられて産声を上げた息子に、周りから拍手が起きた。「いやー、このことや」。パチパチと鳴り響くその音を聞いた瞬間、確信した。「この歓声を、この子はちゃんと聞いて生まれてきたんだ」。

生まれた時の記憶はAさんにもある。暗いところから突然、真っ白な光を浴び、見上げる天井には雨漏りのようなシミがあった。「病院の分娩室だったのかも」。だが、母親に記憶を話すことはずっとなかった。

2歳で父の会社が倒産。夫婦でうどん店を営んだが立ち行かず、母はスナックに働きに出た。深夜、部屋に漂うタバコのにおいに帰宅を感じると、泣き止んで眠った。夫婦げんかの絶えない家庭だった。思春期になると、母を嫌い始めた。母との長いわだかまりが解けたのは長男を産んでから。産後の世話に来てくれた最後の日だった。

長男をふろに入れた後、母はスプーンで湯冷ましを飲ませていた。「私の子供に何するの」。見るなり声を荒げた。水分を補うなら母乳を与えればいい。そう言うと、母は「そんなにしゅっちゅうおっぱいをあげていたらあんたが病気になるで」と言った。

その夜、布団に潜り込むと涙がこみ上げてきた。息子をあやす母の姿。きっと自分にもそうしてくれたはず。「お母さんが帰るのさみしい」。隣で寝ていた夫に、子供のように泣きじゃくった。

「その言葉はお母さんに言わないと」。夫は、母のいる部屋に押し入れ、隣に寝かせた。真っ暗な布団の中で胸にしがみつく。母はだまって背中をさすってくれた。「どんどんちっちゃくなって、お腹の中にいる気がしたの。ずっとこれをやってほしかった」。息子の「記憶」を聞いてから、一層スキンシップを取る。手を握ったり、ギュッと抱きしめたり。「愛情はちゃんと伝えたい。きっと覚えていると思うから」

母と子だけが共有できる出世時や胎内の不思議な記憶。産婦人科医Bさんは3年前から来院者の協力を得て調べてきた。「お腹に急に包丁が入ってきた」と話す帝王切開で生まれた男児の話に興味がわいてからだ。

ある保育園で母親にアンケートした。「おなかの中にいたときのこと」を覚えている幼児は34%。「生まれたとき」は24%に上った、という。「プカプカしていた」「蹴っていた」「暗かった」。そう話す子供の記憶が本当かどうかはわからない。

主婦Cさんも不思議な記憶との出会いがある。三男の出産を間近に控え、4歳の次男に話しかけたときだ。「どうしてお腹の中であんまり動かなかったの」。「ママが痛いっていったから。かわいそうだったから静かにしていたの」。

次男の妊娠中は、つわりがひどく、食後は横になった。夫は食卓と時計に目をやり、早くかたづけろと言わんばかりの態度を見せた。つらさはわかってはくれず、イライラが募った。

妊娠7ヶ月の夜。お腹が激しく動いた。「痛い、あまり動かないでよ」。左手のこぶしでわき腹をたたいた。「1回だけ。それから出産までは本当に静かだったんです」。次男が「記憶」を口にしたのは1度。聞き返しても「覚えていない」とおどけるだけだ。「私は一生忘れません。お腹にいるときから、私に思いやってくれたこの子のやさしさは」。

以上、2003年1月15日朝日新聞のコラムから出典しました。
子供というのは、意味があってその親を選んで生まれてくると私は信じています。子供から学ぶことがあまりにも多いからです。人間の心は電波のようなものだと思います。波動という言い方をしている人もいますが、昔から以心伝心とか言いますね。たとえば電話を掛けようと思ったらちょうど相手からかかってきたとか、類は友と呼ぶということわざとおり、心の電波の同調し合う人が同じところに集まります。

つまり、お父さんとお母さんの電波に引き寄せられて、子供は受精卵めがけて天国からやってくるような気がします。飛び込んできた瞬間が「つわり」かもしれません。ちょっとだけ天国の電波とちがいますから気持ち悪くなるのかもしれませんね。

また、早くに天国に帰ってしまう子供もいます。前回配信したガンで亡くなった千恵さんもそうですね。親よりも早く帰ってしまうのは、あまりにも悲しい事です。でも、これも自分が先に帰ることが分かっていて、回りの人にいろいろな気づきを与えて成長させるために自分で決めてきたことなのかもしれません。見えない世界のことは分かりませんが。

いろいろな思想や宗教がありますので、これが正しくてこれが間違っていると決めることはできません。でも私は、宇宙はこんな仕組みになっているのかもしれないと思いながら、今現在を一生懸命に生きることが大切だと思っています。

ぴあの屋ドットコム 石山


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心の窓メルマガ版 26 「明日が来るのは奇跡」

明日が来るのは奇跡

「余命1ヶ月の花嫁」という番組が放映されていました。内容の一部をある方のブログからお借りしてきましたので、是非お読みいただきたいと思います。

千恵さん(24歳)はある日、胸に異変を感じました。しこりがありどんどん大きくなったため病院へ行きました。CT画像で左胸に影、つまり乳がんが見つかったのです。すぐに抗がん剤の投与が始まりました。当時イベントコンパニオンをしていた千恵さんは、副作用で毛が抜け落ちることに大きなショックを受けました。恋人の太郎さん(30歳)はIT関連企業に勤務していますが、年上の彼の前ではしっかり者の千恵さんが甘えん坊になってしまいます。彼は仕事を終えて毎日泊まり込みで看病してくれています。

太郎さんが千恵さんと出会ってデートに誘い「付き合おうよ」と誘った時、この誘いに千恵さんは「ちょっと待って」と答えました。なぜならその時千恵さんは,胸のしこりの検査結果を待っているところだったのです。「乳がんが見つかったの。あなたとは付き合えないよ」と目の前で泣く千恵さんを見て太郎さんは「一緒に頑張ろう」。「おっぱいのない彼女でいいの?なんで千恵を選ぶの?」。「胸がなくても、髪がなくても、千恵が千恵でいるならそれでいい」。
 
しかし若い千恵さんのがんはすさまじい勢いで進行しました。痛み止めが切れると、のたうち回り骨が折れそうな痛みで、どの体勢も辛いと千恵さんは苦しみます。骨と肺に転移し、骨の激しい痛みと呼吸困難の発作を起こすようになり、千恵さんは太郎さんへメールを送りました。「たろちゃん,ちえ生きたいよ…助けて!怖いよ」。千恵さんが、「治らないかもしれない」と思った瞬間でした。医師の「あと1ヶ月・・・もう少し早くなるかもしれません」という言葉に、父と太郎さんは「この一ヶ月で最高の思い出を作ってあげよう」と決心しました。

千恵さんの願いはウェディング・ドレスを着ること。これを友人にだけは打ち明けていました。友人は、ドレス姿の写真撮影だけでなく、結婚式も挙げてあげたいと思いました。
友人は、千恵さんにウェディングドレスの写真を撮ろうね、と連れ出しましたが、千恵さは体調が悪く辛そうでした。でも写真を撮るだけだと思っていた千恵さんに二つのサプライズがあったのです。

一つは友人が太郎さんとの結婚式を企画してくれたこと。もう一つは太郎さんが自分のお気に入りの結婚指輪を贈ってくれたことでした。以前ブライダル雑誌を見ていた千恵さんが「この指輪いいな」と呟くのを聞いていた太郎さんは、必死に探して前日手に入れたのでした。酸素吸入器を外して、とびっきりの笑顔の千恵さんは本当にきれいです。「このままがんが消えてなくなればいい」。その場にいた全員がそんな奇跡を祈らずにはいられないひとときでした。残りわずかな命・・・。でも千恵さんはその時、幸せでした・・・。

千恵さんはこのようなコメントを残しています。「この式は私側の親族と一部の友人のみで正式なものではないけど、“感激”以上の言葉を知っている方いたら教えてください。私はありえない感動を味わいました。みなさんに明日が来ることは奇跡です。 それを知っているだけで、日常は幸せなことだらけで溢れてます。」

実は、お母さんも千恵さんが中学三年生の時、ガンで亡くなっているのです。お父さんは痛みに苦しむ妻の姿を見ていられず、医者から「モルヒネの点滴をすれば痛みはなくなるが、意識がもうろうとして会話が出来なくなる」と聞いていても、苦しませたくない思いでモルヒネの点滴を選びました。お母さんはやはり会話が出来なくなり、数日後に亡くなりました。このことが千恵さんに大きな影響を与え、モルヒネを点滴すれば激しい痛みから解放されるのは分かっていても、どんなに痛みが激しくても千恵さんは拒みました。実は、最近の医療では意識がなくならない薬があるのですが。

太郎さんへの思いは?と聞かれたとき、千恵さんは「日本語の中に言葉がないです。ただの愛でもなく、“かけがえのない人”でも軽すぎる。本当にぴったりの言葉が見つからないです」。お父さんや友だちには?と聞くと、「感謝、感謝。そんな言葉じゃ申し訳ないぐらい」。また千恵さんはこう語ります。「生きているのって奇跡だよね。いろんな人に支えられて生きているんだよね。私、これで元気になれたらすごい人間になれると思う」。

ついに、千恵さんは朝から意識がはっきりしません。ほとんど眠った状態でした。お母さんが亡くなってから、お母さん代わりに育ててくれた叔母さんは、「千恵のお母さんが生きていたらきっと千恵もわがままを言えた。もっと“辛いよ”と泣けたと思う。千恵はどんなに泣いても、“もう大丈夫。泣かない、頑張る”そればっかりだった」と話します。親族,友人が集まりベッドの千恵さんを見守りました。午後4時42分、長島千恵さん永眠。

闘いを終えた千恵さんの告別式。友だちがお別れに来ました。祭壇の真ん中、そこで千恵さんはウェディング・ドレスを着て微笑んでいます。一月前のあの晴れた日、チャペルで見せたあのとびっきりの笑顔でした。千恵さん、24年と6ヶ月の生涯でした。

千恵さんからのメッセージ「自分がなるまですごい他人事なんですよね、病気って。病気になってからじゃ遅いんだっていうのをわかってもらって、早いうちに防ぐっていうのがすごい大事だと思う」

「命が惜しくないと思っていたが、間違っていた」「今何となく生きている、という人にこの(千恵さんの)姿を見せたい」「何げない生活が本当に幸せなのだと気づいた」。このようなコメントが続々と放送したテレビ局に送られています。皆さんはどう感じられましたか?

ぴあの屋ドットコム 石山


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心の窓メルマガ版 25 「誤審」 

誤審

出場か、辞退か・・・・・。県大会決勝での誤審をめぐり出場権を手にした選手も、校長も、悩みぬいた。年末に開幕した全国サッカー選手権。岡山県のA高校が1回戦で敗れた。校長は思った。初戦敗退は残念だったが、正直ホッとした。県大会優勝後が大変だった。「フェアーじゃない」「辞退しろ」。抗議のメールが学校のホームページに何通も届いた・・・。

岡山県大会決勝戦は延長にもつれ込んだ。前半3分、B高校のシュートがゴール左ポストを直撃、ボールはゴール内へ跳ね返り、右奥の支柱に当って転がり出てきた。Vゴールだ。
B高校イレブンは飛び跳ねて喜んだ。

だが、主審は顔を横に振ると試合を続行。全校大会への切符はPK戦でA高校がもぎ取った。閉会式の間、B高校の監督はビデオを手に大会役員に抗議したが、聞き入られなかった。

その光景をA高校のストライカーは黙って見ていた。小学生からサッカー一筋。このトーナメントでも4試合5得点のうち3点を彼が挙げた。問題のシュートは良く見えなかった。
しかし、帰宅後見たテレビ録画で、幻でなかったことを知る。顔色の変わりように母親が驚いた。翌朝、彼は仲間と一緒に校長から激励された。「勝因は君たちの執念だ」。「違う。勝因は誤審だ」と思った。

彼は主力10人を集めて問いかけた。「B高校の連中の気持ちを考えても自分は出場できない」。イレブンの意見は割れ、多数決になった。「出場が6人」。「辞退」は彼を含めて5人だった。

結論を彼は監督に伝えた。「気持ちは十分に分かった。でも、出る出ないはお前達が決められることじゃない」。監督はそう答えた。ストライカーは練習に出なくなった。

決勝の審判団4人は試合後、主催者の調べにミスを認めた。試合の4日後、協会は問題のシュートは「入っていた」と結論づけた。だか、A高校が優勝という試合結果は覆らなかった。

それでもストライカーの悩みは解けなかった。B高校の選手に電話もした。「自主退部する」と告げると、一人は「お前みたいなやつがA高校にもっとおりゃあいいのに」と言った。別の一人は、「気にせんでもええ」と励ました。家族の意見も二つに分かれた。

校長は困り果てた。教職員と話しあい、県高校体育連盟などにも相談した。そして校長は腹を決めた。「生徒は悪いことしとらん。ルールに従って選ばれた。出ないと判断したら組織が崩れる」

期末試験が終わるのをまって、会議室に呼び出した。「いきさつは聞いた。全国大会に出たくないと」「試合は負けでした。負けたのに出るのはおかしいと思います」制服姿のストライカーはきっぱりと言った。

「気持ちは分かる。でもな、社会に出たら、自分の主義主張だけでなく、人間関係も大事だぞ」「よく考えてみます」「世の中は助け合い。組織で動くもんだ。チームは君の力を必要としている。わからんか」「分かります。でも気持ちは変わりません」。2人だけで35分間。校長は「出てくれんか」と言いそうになるのを何回も飲み込んだ。骨のある子だと思った。別れ際に握手をした。

大みそか。ストライカーは自分の欠けた試合をテレビで見た。母親に一度だけ「東京に応援に行かせてあげられんでごめんな」と謝ったが、出場を辞退したことは今でも正しかったと思う。

校長は試合後、観客席で会う人ごとに「いい試合じゃった」と言った。元日の新聞に「出場してよかった」という選手達の談話が載った。校長も自分の決断は正しかったと思っている。
                   <出典:朝日新聞2003年1月5日35面> これは、5年ほど前の新聞記事から出典しました。皆さんはどう感じられましたか? だれが正しくてだれが間違っているということは誰もいえません。みんな悩んで、それぞれが何かを学んだのだと私は思います・・・。 ぴあの屋ドットコム 石山 ご感想をいただきました Mさん 人の考え方は皆それぞれなので、誰が正しくて、誰が間違っているとはいいきれないですね・・。 水島工のストライカー原賀は今FC刈谷でDFをやっています。作陽の主将は確かジェフにいます。 彼らのサッカーの満足度は、すでに高校サッカーを超えた所にあったのではないでしょうか・・。 原賀はVゴールのときおかしいなと思ったのかもしれません。 誤りで国立競技場に立っことに彼は満足できなかったのかもしれません。 満足度は人それぞれです。 サッカーを続けて、プロになって、ずっとこのときのモチベーションを持ち続けるのもそれはそれですごいことだと思います。 自分に誇りをもって頑張って行ってほしいな・・と思います。


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心の窓メルマガ版 24 「人であふれた駐車場」

感 謝

私は大学を卒業後、就職した会社をたった一日でやめました。
何のために働くのか、どうしても分からなかったのです。
その答えを見つけるために、自分で仕事をはじめました。
わからないながらも必死で働きましたが、何かがうまくいきません。
いつも中途半端で、本気になれない自分がいました。
夢を持つことができないまま、ただ毎日を過ごしていました。

当時、私は事務所のある新宿まで、毎日車で通っていました。
近くの駐車場には、六十を過ぎたくらいの管理人のおじさんがいました。
「おはようございます! 今日も天気でいい一日ですね」
おじさんはいつも明るい笑顔で、年齢に似合わずシャキシャキと仕事をこなしています。

ある日駐車場についたら、外はひどい土砂降りになっていました。
困ったなあと車から降りられずにいると、おじさんが走ってきました。
「傘忘れたんじゃない? これ持っていきなよ」
「でもそれって、おじさんの傘でしょ?」
「私のことは気にしなくていいんですよ」
おじさんはいつもこんな調子で、お客さんのことばかり考えてくれる人でした。

駐車場は満車になることも多く、おじさんはいつも看板の前であやまっていました。
「満車です。申し訳ありません」
「やっと見つけたのに、困るんだよ!」
中には文句をいう人までいます。
「本当に申し訳ありません・・・」
おじさんはいつも車が見えなくなるまで、少し薄くなった白髪頭を下げ続けていました。

ある日、いつもと同じように車を止めようとしたとき、おじさんの笑顔がないことに気づきました。
「実は今週いっぱいで、この仕事をやめることになったんです」
「え!?どうしてですか?」
「妻が肺を患っているんです。空気のきれいな田舎で二人でのんびりと暮らすことにしました。これまで本当にいろいろとお世話になりました」
そういっておじさんは、深々と頭を下げました。
「お世話になったのは、こっちのほうですよ・・・」
私は何ともいえない寂しさをおぼえました。

今日が最後というその日、私はおじさんへのちょっとした感謝の気持ちで、手みやげを持っていきました。
そして駐車場についたとき、信じられない光景を目にしたのです。

小さなプレハブの管理人室の窓からは、中がまったく見えません。
色とりどりの花束がつみ上げられていたからです。
ドアの横には1メートル以上の高さになるほど、おみやげがつみ重ねられています。
たくさんの花束とプレゼントに彩られて、管理人室はまるでおとぎの国の家のように見えます。

駐車場の中は、たくさんの人でごった返し、あちこちから声が聞こえてきます。
「おじさん、いつも傘を貸してくれてありがとう!」
「あのとき荷物を運んでくれて、とても助かりました!」
「おじさんに、あいさつの大切さを教えてもらいました・・・」

人ごみの中には、笑顔のおじさんがいました。
みんなが次々と、おじさんと写真を撮っています。
おじさんと握手をして、ハンカチで目を覆っている人もいます。
おじさんは一人ひとり目を合わせ、何度も何度もうなずいていました。
私は列の最後にならんで、おじさんと話す機会を待ちました。

「おじさんにはいつも感謝しています。毎朝とても気持ちよく仕事に取りかかることが出来ました」
「いえいえ、私は何もしていませんよ。私にできることはあいさつをすることと、あやまることぐらいです。でも私はいつも、自分が今やっている仕事を楽しみたい、そう思っているだけなんです」

「仕事の最後の日、自分がこれまでどのように仕事に関わってきたのかをまわりの人が教えてくれる。つまらない仕事なんかない。仕事に関わる人の姿勢が、仕事を面白くしたりつまらなくしたりするんだ」。私はそんなことを、おじさんから学びました。

働くすべての人が、働くことの本当に意味に気づき、輝いた人生を送るきっかけになりますように。

福島正伸著「どんな仕事も楽しくなる3つの物語より 人であふれた駐車場」
http://jp.youtube.com:80/watch?v=eJw-W2Ja1ho&eurl=http://www.taku-blog.jp/archives/2008-03.html(PCの方はこちらもどうぞ 約5分)

ぴあの屋ドットコム 石山


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